エンタメは愛だ!

感想書く日記的なブログのつもりです

さらー、さらざんまい!

輪るピングドラム劇場公開直前に、やっと重い腰を上げて見たさらざんまい。楽しかったので気軽に感想が書けそう。(まさか監督が改名するとは思いませんでしたが)

 

一気見であるため、短いかどうかはあまり気にならなかったけど、最終話がちょっと駆け足だったかなとは思いました。しょうがないかもだけど。

 

ネタバレは気にせず書くつもりです。では以下ネタバレ注意

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず最初に気になったのは主人公かずきに親がいた事。まさか最初から親がいる主人公が幾原作品で見られるとは。案の定問題ある関係でしたが。

 

そこから見ていくと、登場人物が必要最低限でそれぞれに役割と繋がりが明確でした。これは意外と初めてかなと。家族か敵味方の関係性ばかり。今回は友情と家族愛(そして異性愛)がメインでした。まさか男子だけで友情と愛情の狭間で揺れる話をしてくるとは。

 

 

お話の原動力は欲望と繋がり。繋がりが消えていき、強制的に繋がりを繰り返す主人公たち。家族という生まれながらの繋がりが歪な彼らが自らの手で紡ぐ絆は恐らく強固なものになっていくだろうなと。最初は欲望と愛の表裏一体なのかと思ったら、欲望の無い人間の空虚さの表現だったとは。完全に思い違いして見てましたね。

 

アニメ、映像としては、幾原版プリキュアといった感じ。セーラームーンの構造はやはり幾原さんのエッセンスが強かったのかと思うほど効果的なバンク、3D空間の絶妙な使い方。是非劇場だけでもいいので幾原プリキュア見てみたいと思ってしまう。(というか完全オリジナル劇場作品を…いやテレビの方があってるかな…難しい)

 

最後に触れるざるを得ないのは、しりこだま。引くほどの尻描写。下品…と絶句してたら、どうやら狙って下品にしたとか。俺はスマートなんかじゃ無いという意思表示らしい。ユリ熊嵐もお茶の間凍るエロ隠喩あるし最近はこの路線か。ただ冷静に考えればウテナの方向の隠喩は90年代後半だからかも。今の時代の方向性はこっちかなと、さらざんまいは思えた作品。(でもカッパがシルエットになってア○ル○ーズに見えるのはストレートすぎると思うの…)

 

 

人を選ぶであろう表現はいくつかあったけど、人間関係をアニメで記号化し誇張し叩きつけてくる感覚はさすがは幾原作品である。見てよかった。友達との関係にめんどくさくなってる自分カッコいいと思ってる高二病の人には見てもらって更に拗らせていただきたい一作。

 

さて後は1ヶ月切ってきたピンドラ劇場版。早々に新キャラ発表され見ずにはいられなくなってきた。果たしてエンドクレジットにはボンソワール幾原と表記されているのであろうか。